飛び出しOB
チタンヘッドクラブ全盛の時代である。おかげでぼくの所属コースの右がわに県道が併行している5番パー4ホールは、いままでのストレートホールから右ドッグレッグに改造を余儀なくされた。
この5番ホールは1959年のオープン時から、たまにOBボールが飛び出したりしてはいたが、オープン当初はこの県道は片がわは小川で堤防が桜並木の鄙びた村道だったし、69年に県道に昇格して小川が暗渠にされアスファルトが敷かれてからも、自動車の数も多くはなく、飛び出し球も年に5〜6個くらいのものだった。ところが10数年前に圏央高速道が埼玉県を横断完成して、コースから2分ほどの近間にインターチェンジができてから交通量が激増し、やがてチタンドライバー全盛時代になって事態は一変した。
チタンドライバーは、デカヘッドのせいで方向性もよいはずだが、技術の未熟なビギナーに力まかせに軽量クラブを振り廻されてはたまったものではなく、むかし年に5〜6発くらいだった飛び出しOB球が年に35発前後、1カ月に3個平均ほども出るようになって、走行車のフロントグラスを直撃する事故も起きた。
で、5番ホールはティからIP地点までのラインを20度ほど左に振ってドッグレッグに改造したというわけだが、オープン以来46年間ひっそりつましく存続してきたプライベートゴルフクラブが、こうしてチタン高反発ドライバーの影響を、まァほんの少しだけだが受けたという次第である。
ちょうど100年
思えば、毎年興奮させられるマスターズのオーガスタナショナルも、数年前の7390ヤードから7445ヤードと距離が伸び昨年もさらに伸びた。つまりはチタン高反発ドライバーのせいだが、強豪プロたちのおかげでコースも年々難易度を上げざるを得なくなっている。
いままでアメリカの男子競技で最長ヤーデージは04年開催の全米プロのウイストリングストレイルの7536ヤードで、ビジェイシンが8アンダーで上がったC・ディマルコ、J・レナードをプレーオフで下して優勝したが、7536ヤードで8アンダーが3人というのも凄い。
全米プロは翌年のバルタスロールGCも7392ヤードと10年前より240ヤード距離を伸ばし、おかげでF・ミケルソンがT・ウッズ、D・ラブVにせり勝つ名勝負を見せてくれた。06年のメダイナGCはウインストリングストレイルよりさらに少し長くなり、つまり最長ヤーデージ7561ヤードとなった。04年のウインストリングストレイルでは日本からの出場3選手中予選を通ったのは5アンダー62位の片山晋呉だけで、丸山茂樹、平塚哲二は予選落。かようにアメリカではチタンドライバー対策で、競技開催コースのヤーデージが延長、功を奏している。
ぼくのコースの5番ホール県道飛び出し球対策ホール改造とは文字どおり提灯に釣鐘だが、どちらもチタンドライバーの影響であることには変りない。
が、それにしても、かように現在のチタンヘッド全盛時代は、21世紀のゴルフそのものといってよい。19世紀末の1880年セントアンドルーズのクラブメーカーのロバート・フォーガンがはじめてパーシモンヘッドのドライバーを作り出してからちょうど100年、20世紀末の1980年代末にチタンヘッドドライバーが登場して、たちまちメタルヘッドとパーシモンヘッドにとって変った。
小技シングル
しかし最近よく、チタン高反発ドライバーの飛距離増のせいでアマチュアゴルファー、それも特にアベレージゴルファーのアイアン下手、小技下手が目立つという話も聞く。傘寿を越えたぼくは、いまコースで現役ばりばりのゴルファーと一緒に18ホール廻ることはほとんどないが、4、5年前を思い出しても、なんとなくそんな雰囲気があったような気がするし、そうだとしたらそれもチタンドライバーの影響だと思う。
ドライバーの飛距離抑制でクラブの規制が始まったが、プロの300ヤードはともかく、アマチュア・アベレージゴルファーのドライブディスタンスも20世紀のパーシモン時代の平均190〜200ヤードに比べて、20ヤードは確実に伸びている。しかも昔のようにどスライスやどフックも滅多に出ない。だからそう力のないアベレージゴルファーでも容易にパー4ホールで2打めをグリーンまわりに運べて、なんとか5打では上がれるから、それ以上の欲、つまりパーは欲しいが高望みはしないというわけだ。
昔、パーシモン時代、つまり冒頭に書いたぼくのコースの5番ホール横の県道が村道だった頃には、小技シングルといわれたシングルプレーヤーがよくいたものだ。ドライバーが200ヤードそこそこでツーオンすることはほとんどないが絶妙のアプローチで、いわゆる寄せワンパーをいとも簡単にとる。ぼく自身、クラブの先輩でクラブチャンピオンにもなった小柄なNさんといういわゆる片手シングル氏を知っているが、こういうシングルプレーヤーはどこのクラブにも一人ならずいた。
が、いまはそういう味のあるシングル氏はほとんどいなくなった。そしていまのシングルといわれる人たちは、皆プロのようにロングドライブしてアイアンでツーオンを狙う。そしてアベレージゴルファーも、小技を軽蔑してせっかくのパーを逃してばかりいる。すべて21世紀のゴルフチタンクラブのせいである。ぼくはいまこれを書きながら第2次大戦後のアメリカ最高のゴルフ評論家といわれたハーバート・ウインドの〈ゴルフの真髄はパー4ホールのツー・ショッターだ〉という言葉をしみじみ思い出している。